水草の花

お読みくださいまして、ほんとうにありがとうございます

水草の花 24 



 徐々に、水沢さんの口数が減ってきていた。

 ここは頑張りどきだと僕は意気込んだ。
 水沢さんのためだ ・・・ 強気だった。

「 元気だしてね。」
「 うん、ありがとう。 」
「 次はいよいよトイレのドアだね。」
「 ・・・ 」
「 頑張ろうね。」
「 ・・・ うん 」

 放課後、静かになった校舎。
 トイレの前に立つ。

「 よし、あけてみて。」

 水沢さんは、小さくため息をついて、
 苦手なドアのとってにふれる。

「 えらいよ、水沢さん、」
「 ・・・・・・ 」
「 じゃあ、コンビニによって行こうか。」

 僕は気をそらそうと歩きはじめた。

「 最近、カレー味のカップめんが売ってなくて、」
「 ・・・ 」
「 暑くなるとなくなるのかな。」
「 ・・・・・・ 」


 水沢さんは立ち止まり、反対側に歩きだした。

「 え、ちょっと、どうしたの、」

 だまったまま、歩いていく。

「 待って、水沢さん、」

 ふりかえった水沢さんは、涙を流していた。

「 もう、ほっといて  」

 肩がふるえている。
 ゆっくりうつむき、
 再び背を向け歩きだす。

 止めなきゃ ・・・   声が出ない。

 またやってしまった。
 相手の気持ちを感じられずにつっぱしる。


 水沢さんのうしろ姿がとても小さい。


 廊下のかどで見えなくなる。


 つらい
 泣きそうだが涙が出ない
 息が苦しい


 ・・・・・   もう終わりだ。












水草の花 23 



 チャレンジは続いた。

 苦手さの軽いものから、触ってはがまんを繰り返した。

 水沢さんはよく頑張った。
 ひとつひとつ、ほんとうによく頑張った。

 僕は気をそらすことしかできなかったが、
 僕なりに一生懸命だった。


 佐藤が聞いてきた。

「 長谷川、水沢さんと仲いいよな、」
「 ああ、そうかもな。」
「 大丈夫か? 」
「 何が?」
「 水沢さん、ちゃんとしゃべってるのか? 」
「 しゃべってると思うけど。」
「 ほんとうか? 」
「 ほんとうだって。」


「 中学が一緒でな、
  水沢さん、いつもひとりで本読んでたからな。」
「 そうか ・・・ 」
「 水沢さんの話、ちゃんと聞いてやれよ。」
「 わかってるよ。」

 佐藤がめんどうに感じた。

 水沢さんのことは、
 僕のほうがよくわかってるんだ ・・・ 









水草の花 22 



 スーパーに着いた。
 花のコーナーに行く。

 水沢さんは、
 他人が触ったものを触ることができない。

「 この切り花、水から出ていてしおれそうなんだ。
  水沢さんがもどしてあげてほしいんだ。」

「 ・・・ かわいそう 、」

 水沢さんは、素手で花を水につけた。

「 大丈夫でしょ? 」
「 あ、でも、早く手を洗いたい。」
「 がまんして慣れるんだよ。」
「 がまんと思うとよけいに洗いたくなる。」
「 じゃあ、なにか甘いものでも買って食べよう。」

 チョコレートのコーナーに向かった。

「 このブラックチョコレート好きなんだ。」
「 いろんなのがある。」
「 カカオ87%はかなりにがいよ、食べてみる? 」
「 また今度にする。私、イチゴのチョコがいい。」
「 うん、それ買って食べよう。」


「 水沢さん、どう? 」
「 うん、おいしい。イチゴ味。」
「 手は? 」
「 あれ ・・・ あんまり気持ち悪くない。」
「 あー 良かった。」
「 大丈夫 、私、大丈夫みたい 長谷川君 」

 水沢さんは、少し涙ぐんでいる。

「 良かったね。」
「 うん、良かった。ありがとう、嬉しい。」
「 もっともっと良くなるよ。」
「 私、人としてもうだめだと思ってた ・・・ ありがとう。」

 すごく安心した。

 嬉しかった。
 ほんとうに嬉しかった。










水草の花 21 



 大好きな人を助けたかった。

 強迫障害について調べた。

 有名人のなかに、
 強迫障害を公表している人がいることを知った。
 苦しいことを受け入れて頑張っている。

 突然、治る人も、ずっと治らない人もいる。


 治す方法に「 曝露反応妨害法 」というのがあった。
 触ることができないものをわざと触る。
 そのあと手を洗うのをがまんして、慣れることを繰り返す。
 これなら僕も手伝える。

「 水沢さん、ちょっとチャレンジしてみようよ。」
「 ・・・ 」
「 最初はつらいと思うけど、きっと楽になるよ。」
「 ・・・ うん、このままじゃいけないよね。

 水沢さんは不安をおしころし、勇気を出そうと頑張っている。

「 まずはスーパーに行こう。」




 僕も全力だった。









水草の花 20 



 水沢さんは、ゆっくり、少しずつ話してくれた。

 私立中学校の受験に失敗したこと。
 そのせいで御両親が険悪になり、離婚。
 おかあさんにひきとられるが、
「 あなたのせいでこんなことになった 、」と責め続けられた。
 水沢さんも、自分自身を責め、気がついたらおかしくなっていた。

 他人との接触が怖い。
 床に落ちたものが触れない。
 手を何度も何度も洗い続ける。
 持ちものを落としていないか、いつも不安。
 鍵をかけても、心配で確認し続ける。
 土が触れず、園芸部では手袋をはずせない。
 中学生のときは、学校のトイレにも入れなかった。


「 私、ふつうじゃないから 、 異常だから   」

 かわいそうで、僕はたまらなかった。


「 そんなに頑張ってきて ・・・ つらかったね ・・・ 」

「 ・・・・・・ 」


「 ほんとうに 、つらかったね ・・・ 」




 僕は涙をこらえた。

 必死にこらえた。








水草の花 19 



 駅からバスで、バラ園に向かう。
 座わると、水沢さんが近くて照れる。

 バラ園は広くて空が大きい。
 いろんな色のバラがたくさん咲いている。

「 もう少し時季が早かったら、
  もっとたくさん咲いてたんだけど、」
「 これでも充分すごいよ、
  絵の中に入ってるみたいだよ。」
「 そうでしょ、きっとそう言うと思ってた。」

 嬉しくなる。

山野草のコーナーがあってね、こっちだよ。」

 バラの中を歩いていく。
 抜けると、おだやかな緑がひろがっている。

「 ほら、山野草の花。」

 うす紫色の小さな花。

「 うわー、かわいい花だね。」
「 かわいいでしょ。」
「 うん、メチャクチャかわいい。」

 心が躍る。
 舞い上がる。




「 水沢さん、僕とつきあってほしい。」
「 え ・・・ 」
「 一緒にいるとすごく楽しい。」
「 え うん ・・・ 」
「 いつも一緒にいてほしいんだ。」
「 ・・・ 」
「 だめかな ・・・ 」


「 ・・・ たぶん、私のこと、いやになると思う。」
「 え? 」
「 ・・・ 」
「 なんでそんなこと言うの、」
「 ・・・・・・ 」
「 いやになるわけないよ。」



「 ・・・  私ね   」
「 ん? ・・・ 」



「  私、  実は    強迫障害   」

「 キョーハクショーガイ? 」




 はじめて聞く言葉だった。









水草の花 18 



「 すごくいい絵、キレイに描けてるね。」

 香川亜美が話しかけてきた。

「 最近、変わったね。」
「 え、どこが? 」
「 ・・・ まあ、いいでしょ。」
「 気になるなあ、」

「 あのとき、ひどいこと言ってごめんね。」
「 え、いや、そのとおりだから、」
「 ずっとあやまりたいと思ってた。」
「 ・・・ 感謝してるんだ 、
  少しは気をつけるようになったから。」

「 なんか、おとなになったね。」
「 ええ、なんだよそれ、」

 香川亜美とは、別れてから話すことができなかった。
 でも自然に話すことができた。

 気持ちが、くもりから晴れにかわるようだった。